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セミナーに行ってきました

先週、都内で開かれた経営者対象のセミナーに参加してきました。三日間朝から晩までホテルの会場に缶詰になるハードなものでした。宿題もたっぷり出され、読んだり書いたり毎晩夜二時まで格闘しました。まるでアメリカの大学生のようでした。(日本の大学生に失礼かな)

講師はアメリカ人だったので英語です。同時通訳もついていました。最初は通訳の音声が聞こえるイヤホンは使わず直接聞いていました。普段英語を聞く機会がほとんどないので新鮮だな~などと思っていたのですが、専門用語が出てくると雲行きが怪しくなってきます。

そこで同時通訳の音声を片耳で聞くことにしました。とたんに脳が混乱します。

なぜかというと、英語と日本語で同じことをいっているのですが、五秒から十五秒ほど時差があるのです。

これが聞きにくい。極めて聞きにくい。

英語を聞いて「あ~、こんなこと言い始めたな」と思っても、日本語ではまだ過去のことをいっていて、十秒ほど遅れて日本語で訳し出されてくるのです。そのころ英語では次の文や段落に進んでいます。

イヤホンを左耳につけていたとすると、右耳から聞こえる英語の音声とそのときの身振り手振りやスライドを一時記憶として十秒ほど脳のどこかにためておいて、遅れて左耳に入ってくる日本語と照合するわけです。それと並行して、現在進行中の英語や視覚情報を新たにバッファして。。。という作業が続きます。

これだけでもハードなのに、さらに並行してメモを取ったりテキストやスライドを読んだり書き写したりするわけです。

これは問題ですね。

諦めて、イヤホンを両耳につけて、日本語だけ聞いてみました。

楽です。

確かに楽ですが、いま目の前で話している講師の動きと一致しません。身振り手振りやスライドなど、明らかにずれっぱなしです。臨場感がないのです。ジョークをいったときなど最悪です。講師がかわいそう、などと思ってしまうほど。

オーディオブックを聞いているのに近い状態です。

それならわざわざライブで講師や参加者と場を共有できるセミナーに参加している価値が半減してしまいます。

諦めて、イヤホンを外しました。

楽です。

臨場感たっぷりに時間が経過していくのがわかります。

でも、やはり専門用語がばんばん出てくるとついていけなくなります。

そこで、両耳開放、両耳イヤホン、右耳イヤホン、左耳イヤホンの四パターンのうち単位時間あたりの情報処理量が最も多くなるのはどれか調べながら一時間くらい経ったころ、ようやく答えが出ました。

左耳にイヤホン、右耳で直接音の組み合わせが一番安定していることがわかってきました。

論理性に富む左脳に論理的な言語である英語が入るように右耳は開けておき、情緒性に富む右脳に情緒的な日本語が入るように左耳にイヤホンとなったのでしょうか。その真偽はわかりませんが。

結局、三日間ともほとんどの時間を左耳にイヤホンで過ごしていました。

右か左かの問題より気になったことがあります。

それは、英語の方が世の中に早く情報を提供している、ということです。

講師が英語でしゃべっているのですから当然といえば当然ですが、提供される情報はまず英語で世の中に出てきて、日本語化されるころには過去のものになっているということです。

学術的な論文もインターネット上のコンテンツもその大部分が最初に英語で世の中に出現します。日本語化は当然遅れて行われます。しかも日本語化されるのはごく一部です。

医療関係の専門書をよく購入しますが、多くの最新情報は英語で書かれています。専門書の場合、翻訳本が出るまでに五年から十年くらいかかることがよくあるようですが、日本語版を手にしたとき、英語版ではすでに改訂版が出ていたりします。

そうすると、この日本語版を読むことにどれくらい価値があるのでしょうか。もちろん読まないよりはましかもしれませんが、原書が改定される中で、すでに不要となった情報の価値は半減、場合によってはそれ以下になっているわけです。

日本語圏、つまり日本の中だけで考えれば、日本語版が出た時点ではその本の内容は最新かもしれませんが、英語圏まで拡張して考えると、時代後れの内容を最新だと思って勉強していることになります。

本の場合は五年から十年の遅れ、セミナーの場合は五秒から十秒の遅れ。時間の尺度は異なりますが、遅れているという点では共通しています。

アニメや工作機械など分野によっては、日本語で提供される情報が世界最新であることもあるとは思いますが、いま日本人が価値を感じている対象の中で、英語で提供される情報が最新になっている分野はどれくらいの割合を占めているのでしょうか。

おそらくかなりの割合にのぼると思います。何パーセントかは知りませんが。

なんだか悔しいなあ。

あの分野でも、この分野でも最新情報は日本語で、という状況にならないかなあ、などと考えさせられた三日間でした。

一つの対処方法は、同時通訳が不要なくらい英語のリスニング能力を高めることです。あと、原書が読める程度に読解力をつけることです。こうすれば最新の情報を最新のままキャッチすることができます。

日本人の価値を高めるには、という視点で考えると、老若男女を問わず能力開発を進められるような活動に何らかの形で貢献するということでしょうか。

北欧の国々が教育改革を断行して十年かけて国民の能力開発に成功したように、結果が出るまでは時間がかかるでしょう。しかし、うまく機能すればボディブローのようにジワジワと(いい意味で)効いてくるはずです。

「何らかの形」の一つに整体を入れて良いと思っています。私が関わっている身体均整法はその一つに含めても良いものです。身体を変えることで心が変わる、脳の働きが変わる、ということです。

「からだには希望がある」(高岡英夫著、総合法令出版)という本がありますが、ダンサー整体を受けていただいて例えば甲が出たとか、ターンアウトが広がったとか、身体に望ましい変化が起きると、即座に心が晴れやかになり希望が沸いてくるという臨床例がいままでに何度もありました。

資源のない日本において、最大の資源は人であるととらえて、その人一人一人の能力が向上すればするほど、資源が豊富になると考えて、活動しているグループがあります。その一つが身体均整師会です。ちなみに私はそこで理事を務めさせていただいております。

興味がおありの方は身体均整師会のHPをご覧ください。

身体均整師会

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